いろいろ歴史 その1
辛亥革命の成果を横どりして大総統となった褒世凱は、曲がりなりにも中国の統一を維持していたが、大正五年(一九一六)六月かれが死んだあと、中国では軍閥の抗争がはげしくなり、天下は文字どおり麻のごとく乱れた状態になっていました。
いま大正十一年ごろについて、これらの軍閥のおよその勢力配置をみておくと、こうなる。
まず北京では直隷派の徐世昌が大総統になっていたが、実権は直隷派の軍を握っていた呉傭孚およ陜西督軍にありました。
直隷派には、ほか河南督軍・広西督軍・江蘇督軍などがいたが、これらは日和見をきめこんでおり、かならずしも北京に忠誠をたもってはいなかったそうです。